2007年2月27日火曜日

ふるいのふく

私はあまり新しいふくをかいません。私は古いふくがすきだ、ふくのかいものをするのが下手ですから。でも、みんなさんは私のふくはやすいふくだとおもういます。私はこのところは大丈夫だと思ういます。私の母は私の古いふくが大きらいです。私の母はとてもふくのかいものをするのが上手でから、私に新しいふくをたくさんもって来ますよ。でも、あまりそのふくをきません。時々、まだ母はかいるふくをきていません。

2007年2月15日木曜日

More Notes

So, this is what blogs are for right? Rambling about one's meaningless, trivial, day-to-day activities and opinions, and then whining about this and that. Yeah, I think I'm getting this.

I had trouble getting expressive in this post because I couldn't moan about how I would like things to be and didn't feel like trying to spell 'Valentine's Day' in katakana. I tried to use some new structures different from those in the book, but as usual, I have no idea if I've abused grammar beyond acceptable bounds.

一人

この水曜日は休日でした。でも、私はとてもいそがしかっただ、いえにたくさんべんきょうしました。だから、私は女の人と出かけませんでした。遊びませんでした。ぜんぜんデートをしませんよ。私は毎日一人ですよ。

私のともだちは時々私に電わを書けます。私のともだちはとてもかっこいい女の人ですよ。だから、私はともだちによくしつもんを聞きます。でも、私のともだちもよく一人ですから。「しらない」と言っています。私はだいじょうぶだと思います。私のともだちにはなすのはとてもたのしいですから。

2007年2月8日木曜日

Due to various reasons that don't justify it, I didn't make a blog post last week. I made an extra one this week, but oh well, that's all in the past. I still don't fully understand the circumstances where

―ています

form is better than simple present/future tense, or exactly when to use its past-tense form, but that'll be a subject of study for me while i rewrite sakubun tonight.

せんたくするのとはなすの

せんたくするの

せんしょうのしゅまつにせんたくしました。私は大学でクセんたくするのがきらいです。とても高いですから。だからうちに帰りて、うちでせんたくしますよ。母は私をたくさんてつだっています。

はなすの

私ははなすのが下手です。私は新しい人はこわいだと思いますから。子供の時にあまりはなしませんでしたよ。それから、あまりともだちをもっていて、あまり出かけませんでした。私はひまでしたから、よくかいて、たくさん本をよみました。今、私ははなすのがちょっと上手だと思います。私はかくのとよむのとても上手ですよ。パーチィをたくさん出かけていませんが、私はあそびます。だから、だいじょうぶですよ。